みかんの博物館「日本マンダリンセンター」のご紹介です。
▼設立の目的
東町は、温州みかん(サツママンダリン)の発祥の地として、世界的に認められているとともに、古くから在来柑橘を多く、その中でも、現在樹齢500年を超える東町固有の島みかんは特筆すべき物があります。
この島みかんには、地中海マンダリン以上の芳香成分が認められ、国際柑橘学会や香料業界でも注目を浴びています。
このように世界的にも貴重な産物の地であり、我が国のマンダリンのパイオニアである東町に、そのシンボル「日本マンダリンセンター」(平成5年8月)の建設が急ピッチに進められました。「日本マンダリンセンター」は世界に先がけてのみかん博物館としての役割のほか、産業振興、開発製品の展示、即売等を実施し、地域経済の活性化を図るなど町民はもとより、国内外の人々に見学、体験してもらうことで、マンダリンを通
じた国際交流基地として期待されます。
▼Satsumaの由来
出水郡東町が発祥の地とされる温州みかんは、外国ではSatsuma(サツマ)と呼ばれています。
初めて温州みかんが外国に渡ったのは、1876年(明治9年)ジョージ・ホール氏がフロリダへ苗木を送っています。
温州みかんがSatsumaと呼ばれるようになったのは、1878年当時米国の日本大使だったバン・バルケンベルグ氏夫人が鹿児島の方に頼んで温州みかんの苗木を故郷に送ったことに由来します。
現在、フロリダ州とアラパマ州にSatsumaという町があります。 ヨーロッパでも温州みかんのことをサツママンダリンと呼んでいます。
▼温州みかんの由来
温州みかんは、約500年前中国から伝わったみかんの種子の偶発実生と言われております。伝えたのは、当時黄岩県(おうがんけん)に留学していた天台宗の僧ではないかと言われています。田中長三郎博士は早キツかマンキツだろうと推察されていますが、中国の学者達は、温州みかんによく似ている「本地広桔」だろうと言っています。
江戸時代末に長崎に来たドイツ人医師シーボルトが温州みかんの錯葉(おしば)を作り、これにNagashimaと記していました。これが長島が温州みかん発祥の地であることの証拠となりました。温州みかんの名は、中国の温州府に由来しています。温州府はみかんの産地として名高ったことからそのみかんのように素晴しいというのが温州みかん命名の由来と言われています。
▼「マンダリン」って何?
 一口でいえば温州みかんのことを英語で「マンダリン」と言います。
この仲間は「寛皮柑橘」とも言われ、皮が手でむき易いと言う特徴がありますので、温州みかん、ポンカン、九年母、島みかん、紀州みかん、大紅みかんなどが代表的なみかん類です。
マンダリンの他には、レモン、ライム類、文旦類、オレンジ類(ダイダイを含む)グレープフルーツ、その他の仲間に分かれています。
▼温州みかん誕生
田中長三郎博士は、中国や東南アジアには温州みかんがないことを確かめ、古書の考証や北九州の調査、それに江戸時代末期に長島に滞在したシー
ボルト博士が作った温州みかんのさく葉に Nagashimaと記されていたことなどから、温州みかん原産地が長島であると推測しました。昭和11年に鹿児島県農業試験場の岡田康夫技師が東町鷹巣の山崎司さんの邸で推定樹齢300年生の最古木を発見しました。この木は後に田中博士も調査され、接木されていた事が確かめられていますから、原木ではなかったようです。長島では「李夫人」と呼んでいたそうです。この最古木は戦争中に枯死しました。2代目の木が横に植わっていましたが、この木も昭和43年に枯れました。
▼長島の最古木
 長島を温州みかん発祥の地と裏付けた有力な証拠は、岡田康夫氏の発見による古木である。氏はこのときの調査で九州本土の出水郡下で樹齢がかなりはっきり分かった。
100年、120年、150年の古木も同時に発見している。これらと対比して、樹齢300年と推定したのであるが、まさに最古木と呼ぶにふさわしい。この木は鷹巣の山崎司氏所有の畑にあり幹周180センチ、樹高7メートルの巨木であった。
大平洋戦争中に枯死し、今ではその木があったすぐ横にこの木から直接繁殖した3代樹が植わっている。 今の3代樹は原木から採穂して接ぎ木した。 3代目の原木ですでに50年余年を経過している。
【お問い合わせ先】
日本マンダリンセンター
住 所:出水郡東町鷹巣3786-14
電 話:0996-86-2011
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